Apr 6, 2026

「映画『PERFECT DAYS』聖地巡礼で東京下町を歩く|餃子とビールと2万歩の一日【後編】」

[>>【前編】はこちら]

焼きそば、デンキブラン、2万歩オーバー。

「浅草地下街」。現存する日本最古の地下街で、1955年(昭和30年)の開業。東洋初の地下鉄、銀座線「浅草駅」と直結しています。一歩足を踏み入れると、まるで昭和映画のセットのような、混沌とした独特の雰囲気。うっすら漂う、なんとも言えない下水めいた臭いが鼻をつき、ここがセットではなく今も人々の生活の場であることを強烈に主張してくる。映画を観た人間には、たまらない場所です。(ある意味、ここが今日のメインイベント)

ここに「焼きそば福ちゃん」という小さなお店があります。
映画の中で平山が立ち寄る、あの居酒屋——正確には焼きそば屋。カウンターとテーブルが2つほどのこぢんまりとしたお店で、ちょっとしたアテに酎ハイをあおるだけ、という場所。地下街には何度か来たことはあるけれど、お店に入るのは今日が初めて。お腹の空きもあって、階段を降りる足取りから自然と軽くなります。

休日の夕方ということもあり、店はそこそこ混んでいました。銀座線の改札がすぐ横に見えるような場所なのに、地上の喧騒とはすこし距離があるような、不思議な雰囲気がある。例えるなら、映画『Blade Runner』でハリソン・フォードがうどんをすすっていたあの屋台。あんな感じ(笑)。

少し待って、テーブル席へ。奇しくも、映画の中で平山が座っていたテーブルに通されました。
「焼きそば3人前ください」と頼むと、「ごめんなさい、2人前しか残っていなくて……」との返事。なかなかの人気ぶりです。映画の余韻なのか、それとも普段からそうなのか。たぶん、両方なのでしょう。

– 焼きそば「福ちゃん」 お隣が韓国の若者 –

韓国から来た同志たちと

酎ハイが届いたころ、隣に座っていた若い男性ふたり組が、友人の古い腕時計に気づいて話しかけてきました。「かっこいい時計ですね」と。

聞くとソウルから観光で来た友人同士で、話しかけてきた彼は東京は5回目だとか。親日っぽさがにじみ出ていてこちらも自然と親しみが湧く。いくら5回目とはいえ、さすがに地下街まで飲みにくるなんてなかなか変わってるなと思い、「今日はどうしてこのお店に?」と聞いてみると、

「自分たちは今日、PERFECT DAYSの聖地巡礼をしてきたんです。映画はご存知ですか?」

と言って、自分たちもさっき撮ってきた平山のアパートの写真を見せてくれたところで、三人で思わず顔を見合わせてしまいました。

– 焼きそば なんと¥400!(26年3月) おいしかったです –

韓国の、しかも30歳前後に見える若者たちの心の琴線に触れる作品。これを撮ったドイツ人の監督と、役所広司に、改めてスタンディングオベーションです。東京でトイレを磨く一人の男の話が、国も世代も越えてここまで届いている。(本当に世界中でヒットしてんだなぁ……)と、妙に感慨深いものがありました。ヴェンダース、すごいわ。

そこからはカタコトの英語と日本語まじりで、映画の話、東京の話をあれこれと。彼らは年上の自分たちにだいぶ気を遣ってくれていましたが、不思議と会話は途切れず、ずいぶん盛り上がりました。言葉が完全には通じなくても、同じ映画を観て、何かを感じて、同じ場所に来た——その事実だけで、十分な理由になるらしい。

浅草地下街「福ちゃん」
– 地下街をバックに –

そのうちお店の方が、「これ、量が少し足りないんだけど……人数分出せなくてごめんね」と、最後に残った焼きそばを持ってきてくれました(もちろんサービス)。これだけ人が集まる街の、これだけ人気のあるお店で、こんなに気持ちのいい接客をしてくれるものか、と少し驚きました。

韓国の若者たちも、お店の人たちも、みんな本当に気持ちがいい。なんだか映画の続きに出させてもらっているような、とても居心地のいい時間でした。


神谷バーでデンキブランを

福ちゃんを出て、閉店時間が迫っていた「煎豆ほていや中塚商店」へ急ぎます。会社の同僚に教えてもらったお豆屋さんで、前回買ったときにあまりのおいしさに、買った量の少なさを後悔した店。今回はその反省を踏まえ、友人たちにも半ば強引に勧めて全員お買い上げ。ギリギリ滑り込めてよかった。

– 創業80年老舗の豆屋 –

そして本日最後のイベント、「神谷バー」へ。友人にとっては”浅草といえばここ”というくらい昔から馴染みのお店らしいのですが、私は今回が初来店。バーという名前から想像するよりずっと大きなホール、という印象で、日曜の夜でも大賑わいでした。

– 神谷バーのホール –

名物のデンキブランは、ほんのり甘くて、ちょっと独特の香りもある、くせになる味。あまり期待していなかった食事メニューもなかなか美味しく、嬉しい誤算でした。

– これが有名な「電気ブラン」 –

2杯ほどいただいて、お開き——のはずでした。

浅草から秋葉原まで歩く羽目に

「俺ら中央線だから浅草橋まで歩くけど、締めにもう一杯どう?」

友人のその一言で、総武線ガード下の焼き鳥屋でもう一杯。(ここでもなぜかけっこうな量の串を頼んだ記憶が……)

最後は「定期券あるから俺は秋葉原まで歩くわ」という自分の都合に二人が乗っかってくれ、そのまま3人で秋葉原まで歩いて解散となりました。

帰宅後にスマホを確認すると、歩数はなんと2万歩超え。アプリはそこそこ正確な数字を出してくるらしいですが、距離にして約18km。。普段ほとんど歩かない身には、なかなかの数字です。案の定、翌日は見事な筋肉痛でした。


それでも、また行きたくなる

聖地巡礼とは言いましたが、よく歩いて、よく飲んで、少し人と話をして——それだけの一日でした。

映画の中の場所を実際に歩いてみると、平山が毎日を丁寧に生きている、あの感覚が少しだけわかったような気がします。

特別なことは何もない。でも、それ自体がどこか特別で、不思議と満ち足りた気持ちになりました。たぶんそれは、あの映画が描いていたものに近いのかもしれません(笑)

どんな人にも勧めやすいタイプの映画ではないかもしれませんが、もし少しでも気になったら、ぜひ一度観てみてください。観たあとにこの記事を読み返すと、また違った見え方になるかもしれません。